Collected Brides
妹に降り掛かった呪いに片を付ける目処が付いたと、今夜は遅くまで起きていることになると夢人はいった。
先に寝ていていいといわれていたが、事の顛末が気になって目が冴えていた薫は、深夜に寝室の外から聞こえてきた物音と話し声に耳をそばだてていた。しかしその音も止んで、とうとう我慢できなくなり部屋を出て廊下を覗き込んだ。
たった今誰かが出ていったように、玄関の扉が開いていた。
夢人が、蒐集物の部屋から出て、それを眺めていた。
何があったのか、顛末は――そんなことを尋ねようとして、薫は思いとどまった。
他の誰かなら気付かなかっただろう。だが薫は気付いた。
夢人の纏う雰囲気に。退廃を帯びた暗い歓びの感情に。
それでわかった。
あの人はあの人が求める『本物』と出会ったのだと。
そしてそれを手に入れたのだと。
「…………」
いつかこうなる日が来るとわかっていたが、いざそうなると衝撃があった。
知らずのうちに、薫は自分の指を握り、きゅっと唇を噛んだ。切ない焦燥が胸を焼いた。
†
就寝しようとしていた夢人の寝室の戸が叩かれる。
「どうぞ」
ベッドに腰を据えたまま扉に返答する夢人。薫の来訪をあらかじめわかっていたかのような様子だった。
「どうしたのかな?」
しれっとした態度で薫を迎える夢人。
「あれだけ嬉しそうにしていれば気付きます」
薫は事の顛末を尋ねることはしなかった。
その代わりに、両者の間でだけ理解できる言葉をいった。
「人間のほうは蒐集部屋に置かなかった。そこは配慮したんだけどな」
弁明をする夢人。まるで浮気がばれて居直る亭主のような態度だと思った。
「……やめろとは言いません。そういう約束ですから」
「だけどここに来た。なら、何かいいたいことがあるんだろう?」
「……貴方は意地悪です」
その言葉を受けて、夢人は意地悪く笑う。薫が抱いた嫉妬――その執着を歓迎するように。
「愛とは執着、嫉妬もその付随物だ。伴侶となった男を呪い殺すに相応しい感情だ。己の婚約者は健気で助かる」
「……っ!」
その家の娘と結婚した男は必ず死を遂げる『呪われた』七屋敷。
そんな家系の娘として生まれた薫にとって、夢人という求婚者は呪いを恐れないどころか知ったうえで求めてくれた、このうえなく理想的で――
このうえなく残酷な相手だった。
幼い頃に父を亡くし、父の代わりのように親しく接してくれていた親類の叔父達も亡くなるのを目の当たりにして、ずっとこの呪いは本物であると薫は確信していた。しかしこの現代において呪いなどは非科学的なものでしかない。
この家の女の伴侶となった男は死ぬ、この現象は本物なのに否定される。夫を亡くした実の母ですら呪いの存在を否定した。
そんなことを言うなと、薫の抱く不安や悩み、悲しみも否定されなかったことにされてしまう。
そんな風に自らの家系の呪いと己の行く末に悩んでいた薫の前に現れた真木夢人という男は、『呪いは本当にあるものだ』と薫の抱く不安を肯定してくれた。
そして打ち明けてくれた。
自分もまた呪われている存在なのだと。
――あなたが己の求める救いをもたらしてくれる存在かもしれない、と。
死が救いとなることもある。
それはひどいプロポーズだった。
だけど薫はその求婚を引き受けてしまった。
これが初めて異性に抱いた恋心ならば確かに歪んでいるのだろう。
薫は女だ。古い価値観とされようが結婚して子供を産むという女の人生や生き方に幸せを感じる。
お嬢様である薫に不自由をさせないこと、実生活でも対外的にも夫としての義務を果たしそう振る舞うこと。
その代わりに、夢人が死ぬための呪物の蒐集を容認すること。その果ての死も含めてその全ての行動を容認すること。
両者の間でかわされたのは、そんな契約だった。
しかし薫は夢人に惹かれている。恋い焦がれる相手が死を望みとすることは、本当は嫌で仕方がなかった。
そんな薫の矛盾に満ちた思いを知っても、夢人は呪いを集めることをやめないだろう。
夢人が真の意味で求め、興味を持つのは、己の目的のことだけ。
己を殺すことのできる、呪いのことだけ。
彼は薫の呪いだけを求めている。
衝動的に、ベッドの上の夢人に膝立ちで伸し掛かると、噛み付くような勢いで薫は口づけた。
「激しいな。己に何かするときは気をつけないと。その綺麗な顔が傷つくのは忍びない」
「……っ!」
あやすように忠告しながら夢人が応じてくるが、それは挑発と変わらなかった。薫と齢は変わらないくせに、その余裕のある態度が今は悔しく、恨めしかった。
感情が定まらない。ただ、不安と苦しさで胸が張り裂けそうになる。
頭の後ろに夢人の手が回される。薫の長い黒髪を指で撫で梳く。
それは愛しいものを相手にするような優しげな動作だったが、だけど実際に夢人が薫をどう思っているのかはわからない。わからなくて不安なまま、こうしたことを積み重ねてきた。
――どうせ、私は道具なのでしょう?
胸の内を、どろりとした思いが渦巻く。
――もし、同じように愛することが死をもたらす条件となる呪われた女がいたら、簡単にこういうことをするのでしょう……?
了承済みの決定事項なのに、普段は押し込めていた感情が荒れ狂う。
「ふっ――、……っう……」
それでも、口づけを交わすうちに、下腹が疼き、興奮してくる。
自ら、寝間着のボタンを外した。上体と乳房が露出する。そして夢人の下履きに手をかけ、ずらす。現れた生の肉茎に女陰を寄せ直接こすり合わせた。
「薫さん。まだ」
避妊具をつけていない、と言いたそうだった。
「今日は……そのままでしていただけますか」
妙に据わった気持ちで、そう告げた。
「……卒業するまで子供ができるのは避けたいんじゃなかったのか?」
薫はまだ学生であり卒業するまで子供は待って欲しいと親に言われている。しかし婚約中とはいえ既に同棲している身であればそうしたことになっても容認するだろう。このような田舎では年若くしての結婚も妊娠も珍しくもないのだから。
夢人は呆れたようにそういいながら、
「ちゃんと濡らさないと」
早急に事を進めようとする薫を窘めて、まだ口を開いていない薫の秘所を指でなぞる。同時に胸に顔を寄せ、舌先で乳首を舐め上げ、唇で甘く喰む。
「……ん、う……っ」
びくん、と薫は身を震わせる。夢人に触れられているところが嬉しがる。じわりと、身体の内が潤みだす。こんなに内心は荒れていても、愛しい男に触れられたなら嬉しさを感じてしまう女の性が恨めしい。
呪いも、心も、身体も、自分も、他人も――どうにもならないことだらけだ。
「っ、夢人さん……」
「いいよ。しようか」
夢人が誘う。例の人を嘲る底意地の悪い笑顔ではなく、ひどく暗い膿んだ瞳で薫を見つめていた。
疲れた囚人のような病んだ表情。薫だけに見せてくる、末期病の患者が死を望みとするだけの、絶望の表情。胸が締め付けられる、その表情――
だからこそ――薫は自分が、そして夢人のことがわからなくなるのだ。
荒れていた感情が鎮まり、代わりに沸き起こったのは罪悪感だった。不安に駆られて、ひどいことをしてしまったと、目の端に涙が滲んだ。
「……ごめんなさい……」
「いい。己も煽ることをした」
珍しく、素直に謝る夢人。
夢人から薫への感情は、わからない。
そもそも始まりに薫に殺してもらえるかもしれないという『打算』がある関係だ。だからこそ――彼は薫に『愛している』とはいわない。代わりに義務は果たす。それが誠実さだといわんばかりに。
……望めば、愛を囁いてくれるだろう。でもそれは婿の義務として言わせているだけになる。
正直いって、ひどいし、ずるいと思う。恋愛や結婚に憧れてはいたけれど、こんなひどい人とだなんて考えてもいなかった。
でも、こんなにもひどいことをされているのに、お前だけが望みだというように弱い姿を見せられたら――どうでもよくなってしまう。夢人を、許してしまう。
「……っあ……」
背に腰に手を回されて支えられながら、先端を膣の入り口に宛がう。
「はっ……あ――っ……!」
息を吐きながら、腰を進める。深く、奥まで侵入する相手の熱と感触。相手にも自分の熱と感触を伝えようと、下腹に力を込め絡ませる。
「あっ……ふっ……っぅ……」
深く繋がりながらも、埋められない何かを埋めようと、必死でしがみつき、夜の女のようにはしたなく腰を振った。前後に、上下に、円を描くように腰を動かす。うねりを上げる膣内が中のモノを包み込み、絡みつく。
夢人の顔を盗み見ると、無表情かと思ったが眉を寄せて何かをこらえるような顔つきで――ああ、快楽を感じているのだと思うと、絶望で彩られた彼の生に肉体のもたらす反応とはいえ喜びを与えられていることを、嬉しく思う。
「っあ――! っは……!」
ごつりと、膣奥に先端が当たる。子宮の入り口を突く、その動き。快楽をこらえきれなり、腰を突き上げている。とうとう感じていることを隠さなくなった。
「夢……人さん……っ」
官能が、愛しさが高まっていく。互いの動くタイミングを合わせようと、はっ、はっ、と断続的に吐息が漏れる。
――この人が嫌いだ。全てを知った上で私の思いを弄ぶこの人が嫌いだ。
――この人が好きだ。全てを知った上で私に望みを託してくれるこの人にどうしようもなく心を囚われている。
矛盾した激しい感情と想いが、身体の熱が、心を焼いていく。やがて視界が白く染まる。
「――っは……ぁっ……は……ぅ……」
溺れたものが水面に顔を出して酸素を求めるような激しい呼吸をする。
強い熱が去ってもなお暴れる心臓を整えるために、しがみついたまま息を吐く。全力疾走をしたかのように、どくどくと心臓は激しく脈を打っていた。
身体の内に出されたものが溢れ出して、太股を汚しているのに気付いた。――この人も達したのだ。……気持ちよかっただろうか。
息を整えている夢人の頭に腕を回し、胸に抱いた。
「私の『呪い』は貴方の願いを叶えると思います」
「…………」
こんなにも狂おしい感情を抱いてしまっては。呪われずにはいられないだろう。
だから――他に目を向けないで。口には出さなかったが、薫の女の部分がそう願う。
だけど夢人はやめないだろう。万全を期すために自分を殺すモノを探し続けるのだろうことも。
それの邪魔してはいけない。そういう契約だから。
それでも――この人を愛し救えるのは私だけなのだと、願ってしまう。
「だといいな」
暗い歪みの共有者は退廃的にそう同意する。
それが彼の希望に基づいてなのか、それとも薫だからこその特別な感情ゆえになのかは、わからなかった。
だけど知っている。彼はいつか薫を置いてこの世を去ってしまうのだ。恋い焦がれる薫を置いて。
やがて訪れる別れの日まで、薫は共にいる。
あとがき
蒐集物という競争相手が増えて『女』の部分が出てしまう薫さんを書きたかった。嫉妬する女の子はいいものだ。かわいい。
原作だと馴れ初めとか薫さんの夢人への気持ちははっきり書かれてはいないけど、この人を救えるのは私だけというだめんずに入れ込むヒロイン心理とか、現代価値観では否定されがちな超常現象である呪いがあることを肯定して理解してくれたからなのな? という考察(妄想)に基づいて書いています。馴れ初めとか最低すぎるプロポーズとか契約結婚とかは全部妄想です。
七屋敷編がほんと読みたかったですね……ええ。
夢人→薫さんは現人にいったようにコレクションなんだろうけど、そのわりには薫さんには他の人には見せない暗い顔を見せているのがね、ほんとずるいよなと。もしかしたらこの人は私にだけ本当の顔を見せているのかもしれないって女心を煽っちゃうのがずるいんですよね。
性格最悪なのに女に愛されているダメ男キャラを見るたびうらやましいなーちくしょうめってなる。
このカップルのエロはどう考えても薫さんが上に乗って動くしかないよねと思ったのでそんな感じになった。清楚なお嬢様なのに腰グラインドさせてるんだろうなーと思うとギャップで萌える。自転車には乗れないのに男には乗れる薫さん萌え。(笑)
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