もしも神狩屋の断章が18禁仕様だった場合

 雪乃は蒼衣の通う高校での一件で怪我を負った。
 腹部に受けた裂傷。普通ならすぐに縫わなくてはならないほどの大怪我だが、ガーゼを当てがった上からテープを貼ったのみ。腕と足にも無数の傷があった。
「……」
 連れてこられた病院のベッドの上に横たわり、待つ。別室では蒼衣が腕の怪我の手当てを受けているはずだ。
「ごめん、遅くなって」
 神狩屋が来た。
「……」
「怪我をした雪乃君にさせるのは無理だしね」
 と、紙コップを差し出した。
 むっと、湯気が立つように立ち上った臭いが鼻についた。

 中身は――精液だった。

「……」
 いっそ手間が省けていいと思うべきかと雪乃は考える。
 しかし手間が省けても、今から行う行為の苦行が変わるわけではない。
 紙コップに入った白濁液。吐き気を催す生臭さを持つそれに唇をつける。
「……っ……」
 汚らわしいものを飲まされる不快感で、本能的に拒否しようとする咽喉。
 嘔吐きそうになるのを耐え、粘ついた苦い液体を口に含む。精液が歯と舌に絡み、異臭が鼻に抜ける。
「……んうっ……」
 粘性ゆえに咽喉に絡むそれをぐびり、となんとか飲み下す。
 胃の中を汚された不快感が沸き起こるのを冷徹に制御しようとする。
 負傷した箇所が熱を持ち、皮膚が塞がるのを感じた。

「……っはぁ……あっ……」

 神狩屋の体液を摂取した者は〈異形化〉する。
 それが彼の持つ断章、〈黄泉戸喫〉の〈効果〉――
 しかし断章に耐性のある〈保持者〉には強く働かず、それを逆手にとって治療に使っているのだ。
 騎士としての活動を始めて三年、雪乃はずっとこうしてきた。
 この身が朽ち果てるまで悪夢との闘争を続ける、それが復讐者として生きることを選んだ雪乃の務め。
 戦いで死ぬことに未練はないが、本当に死んでしまえば復讐できなくなるからだ。
 命が関わっているのだから、怪我を負った雪乃が受け入れたのは当然だと言えた。
 しかし――

 神狩屋は雪乃の特に重症の傷を負った腹を見ると、
「表面は塞がったようだけど、さすがに完治とはいかないね。
 でも一度に強く働かせると危険だからね。もう何回か必要だね」
「……っ」
 もう何回か、そう言われて思わず怖気が走る。わかりきっているのに、慣れない。
「白野君は別室で治療を受けているけど、あれならなんとか自然治癒で治るかな。痕が残りそうなら考えなくちゃいけないけどね」
「……」
 蒼衣の怪我の具合を説明する神狩屋を雪乃は不審の目で見る。

 こんなことをしているというのに蒼衣に雪乃の友達になってくれないかと言える神狩屋の神経が理解できない。
 恐らく神狩屋に他意はないのだろう。蒼衣をけしかけるのも雪乃を社会復帰させようする世話役としての義務、お節介な試みでしかない。

 だからこそ――異常だと言えた。

 騎士という役目を続ければ、その感覚は常人から逸脱していく。
 とはいえ神狩屋の社会通念や道徳を顧みれば、少しは恥じてもいいような言動は不愉快だった。それに矛盾や羞恥を感じていない神経も。
 雪乃はそんな苛立ちを、今さら気にすることじゃないと割り切ろうとする。
 この苛立ちも泡禍への憎しみに変換することにして。

         †

 雪乃は〈断章保持者〉としての自分の運命を知ってから、人として真っ当な人生を歩めるとは思ってはいなかった。
 そんな自分の状況を嘆く時期はとうに越したと思っている。なのにこうしていると惨めに思えるのはなぜだろう。
 初恋もキスもまだだった。だというのにこうして男の物に奉仕しなくてはならない。
 だがこんなことで心が折れるなど、雪乃は自分に許さなかった。

「では、始めようか」

 数日経過した〈神狩屋〉にて。
 少し気まずそうな表情を浮かべながら――少なくとも表面上はそういうスタンスを取りながら――神狩屋は自らのスラックスをずり下げる。
「…………」
 目の前に差し出されたペニスに雪乃は手を触れた。じわりとした温かさが手の平に伝わる。それがかえって肉の生々しさを伝えてくる。
「……っ」
 震える唇を近づけ、口づける。
「んっ……」
 口を開き、舌を伸ばし、肉茎に唾液をまぶしていく。先端から根本まで丹念に。
 そして、先端を咥えて唇を窄めて前後に動かした。
「…………」
 早く出すなら出せと言わんばかりの顔で神狩屋を睨みつける。
 とはいえこうして傅かれ、肉棒に口腔奉仕されて、生理反応が起こらない男はいない。
「雪乃君は、巧くなったね……」
 神狩屋が未だに存在する肉体の感覚に委ねたのか、硬くなったペニスで雪乃の咽喉の奥を突く。
「んっ……むっ!? ふっ……うぐっ……」
 頭を掴まれ、揺さぶられるままになる。舌と頬の裏の粘膜に肉幹が激しく擦れ合い、唾液が顎に滴り落ちた。

 雪乃が騎士として活動するようになって三年、こうするようになって同じだけの年月が経つが、雪乃は未だに生娘で口以外を使ったことはない。神狩屋の体液を摂取する以外の行為は不要だからだ。
 ただしこれが一般的に見てどういう行為であるかは理解しており、淫らな行為であるとも理解していた。
 神狩屋がそれ以上のことをしてくるならばさすがに抵抗しているところだが、神狩屋が雪乃に必要以上に触れてきたことはない。こんなことをしているのに神狩屋の言動に雪乃や女に対する下心を感じたことはないのだった。そういう意味ではこれは治療行為であり、明確に線が引かれていた。
 だが……

『ふふ……楽しそうなことしているじゃない』

「……っ!」
 その声に半ば忘我状態で作業に従事していた雪乃の思考が戻る。
 亡霊の姉――風乃は言葉で雪乃を嬲る。
『本当に、手慣れたものね』
「……うくっ……」
『どうしたの、雪乃。いつものことだというのに耳まで赤くして』
「…………っ」
 黙殺しようとする。
『ほら、ここをこんなにして、いやらしい子ね。染みているわよ』
「んっ、……っ……!?」
 冷たい指がセーラー服のスカートの下に入り、ショーツの布地越しに秘所を擦る感触。
 雪乃だけにしか見えず聞こえず感じられない亡霊の指。雪乃と瓜二つの姉は妹の身体を何もかもを知り尽くしたかのように嬲りながら嘲笑う。
『本当、雪乃は可愛いわよねえ。嫌だ嫌だって思いながらこんなにしちゃってるんですもの』
 じらすように膨らんだ恥丘をゆっくりと撫でる指。
「……っ……」
 その動きに合わせて腰が浮いて動きそうになるのを必死で堪える。
 雪乃にとって全ての元凶である姉の行いで感じてしまうなど、魂を犯されるほどの侮辱だった。
『あらあら雪乃、お口が止まっているわ。こんなことになっているのが神狩屋さんに気付かれてしまうわよ?』
「……っ!! んくっ……ん……んむ……!」
 慌てておざなりになりかけていた男根へ舌を絡めて奉仕を再開する雪乃を見て、風乃が笑う。
 雪乃の女の秘めた園に亡霊の指が沿わされる。その度に雪乃の背筋にゾクゾクした電流が走る。
「っ、うっ……んぐっ……!?」
 狂いそうなほどのその感触に耐えるも、性器への刺激で滲み出たものが下着に染みてしまった。
『ふふ、本当、雪乃はマゾよねえ。
 好きでもない男の物を咥えて、嫌で屈辱的で仕方がないのに、濡らしてしまっているなんて……
 貴女がこんな淫乱だなんて、〈アリス〉が知ったらどう思うかしら』
「…………っ!」
 蒼衣は関係ない。もし知られたところで痛くも痒くもない。
 そう思う雪乃の表層とは反対に、身体は屈辱と羞恥に震える。
『そんなに疼くなら今ここで慰めてあげましょうか?』
 いらないわよ……!
 しかしその声は深く咥え込んだ男根に咽喉の下で潰された。
「んっ……うぶっ……!? ふっ……」
『ふふ……興が乗ってきたようね。
 でもこんなに頑張って奉仕しているのに雪乃を感じさせてくれないなんて神狩屋さんもひどいわよねぇ』
 憐れむようにそう言いながら、くにくにと膨らんで来た敏感な陰核を下着越しに撫でる。
「うっ……!」
 刺激で膨らみ主張してくる花芯がそれを覆う皮より芽吹きそうになる。
 びりびりとした電流が背筋が走る。
 酸欠と快楽で白む視界。だが刺激で物欲しげにヒクつく自らの膣の反応こそが雪乃の心を削った。

 ――化け物は何も感じたりしない。苦痛も快楽も何も感じない。

 雪乃は無意識の内に腰をひねり膝を擦り合わせようとしていた。
「……っ!!」
 そしてそれに気付いて苛立ったように柳眉を逆立たせる様子を見て、風乃が愉悦に口端を歪ませた。妹の憎悪も強がりも何もかも見透かして。

「はあっ……雪乃君……出すよ……」
 神狩屋が呻き、雪乃の喉奥に男根の先端を突っ込んだ。
「んっ……ふっ……んぐううぅっ……!!」
 喉の奥にビュクビュクと大量の粘液が吐き出された。

         †

「……けほっ……けほっ……!」
 用意していたタオルを差し出すと、雪乃はそれを受け取り顔を埋めた。赤い顔をしているのを誰にも悟られぬように。必死で身の内に生じた熱を鎮めるように。
 身体が震えて涙が出そうなのを、必死で取り繕い仮面で覆いつくすように眉を逆立てる。
「……」
 肉体的な虚脱感のもたらす冷めた思考で神狩屋はそれを観察する。
 雪乃がこの後どうしているかわからない。自分で慰めたりしているのだろうか。
 それは神狩屋の与り知るところではないが、その想像は情欲をそそるだろう。……普通の男であれば。
 しかしそれは神狩屋の思考の表面を上滑りするのみで、心に何も引っかかることはなかった。
「治ったようだね」
「……」
 セーラー服をめくり上げ、腹の傷を確認する。
 火照った身体に触れられることに雪乃は抵抗がある様子だったが、今まで神狩屋が雪乃にそれ以上手出しをしたことはないのもあって、診察と割り切って大人しく受けていた。

 これが雪乃の日常だった。雪乃にとっては闘争が日常であり、負傷も治療もその一環。
 しかし……

         †

「……わわ、白野さんストップ!」
「え?」
 颯姫が静止したが間に合わず、店の奥に向かった蒼衣の視線の先には、
「……」
 雪乃が、セーラー服の上を捲くり上げて白い脇腹を見せている。
 普通であれば赤面しているであろう状況。
 だがそんなものは些細なことであった。
 目の前にはスラックスを下ろした神狩屋、そしてその前に雪乃が傅いていて。
 雪乃の口の周りは白く粘ついた液にまみれており、それは顎を伝い幾筋もの糸を引いて胸元まで垂れていた。
「……」
 あまりにも理解を越えた光景。何も言えず、かといって目を逸らすこともできず、蒼衣はぽかんと口を半開きにしたままそれらを見つめることしかできなかった。

 そんな蒼衣を見て神狩屋は神妙な顔をすると、
「白野君にはまだ言ってなかったけど、僕の断章は〈黄泉戸契〉という。
 これは黄泉の食べ物を口にした人間は黄泉の物になってしまうという神話から名付けたもので……僕の体液を摂取すると異形化する。
 これは悪夢への耐性のある保持者には強く働かないけど、それを逆手にとってどんな怪我でも塞ぐことができるから、騎士団の活動には欠かせない能力なんだよ」

 だけど蒼衣はその解説の半分も聞いていなかった。
 そのまえにズボンを上げろと、パンツをはけと頭の冷静な部分で思いながら。
 そうか、これは夢なんだ。夢なら目を覚まさなくては……
 だけどこの悪夢は現実のもので――
「……」
 雪乃はタオルに顔を埋めていた。蒼衣と視線を合わそうとしない。
 否、どの顔で上げられるというのだろう。その頬と耳は赤く染まっていた。
「……」
 それらを見る蒼衣の胸中に水に墨を零したかのように黒いものが広がっていく。
「あの、白野君……?」
 ようやく神狩屋が蒼衣の発する不穏な気配を察したのか、慌てて取り繕うとするが、もう遅い。
 蒼衣が顔を上げた。その目元には涙が溜まっていた。
 騎士になる時に、断章を用いて人を殺す恐怖や、また自分が殺されることへの覚悟はあった。

 だけど気になる女の子を寝取られるという悪夢は想定していなかった……!!

 心から血の涙を流しながら、蒼衣は生まれて初めて明確な憎悪を他人に向けた。

 …………
 ……………………

 テーブルに置いてあった果物ナイフで滅多刺しにされた神狩屋が血の海に沈んでいる。
 その横で泣きながら蒼衣は雪乃を犯した。背後で泣きじゃくる颯姫の声が聞こえたが、もはやどうでもよかった。

 しかし雪乃は心のほうはともかく身体のほうは受け入れる体勢ができていたために、『くやしい! でも感じちゃう……!』というク●ムゾンコミックスのごとき展開になったが、話は続かない。


神狩屋「僕は雪乃君に対して恋愛感情も下心も持っていないから白野君は安心して雪乃君の友達になって欲しい」
蒼衣「そういうと許されると思ってますか!?」

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