雪融けに果てる

「雪乃さん……」
 縋るように蒼衣が雪乃を抱きしめながらそう呟いた。
「………………」
 それを突き放すことなく、蒼衣の腕の中に無言で雪乃は抱かれていた。

 ――蒼衣のことが、嫌いだった。

 雪乃の覚悟を軽視して、騎士であることを否定しようとする蒼衣のことが嫌いだった。
 断章保持者となった雪乃はいつか自分が悪夢を無尽蔵に撒き散らす怪物となる運命であることを悟ったからこそ『普通』を捨てて悪夢と戦い続ける道を選んだのに、もう戻れない世界の『普通』を押し付けてくる蒼衣のことが嫌いだった。何もわかっていない蒼衣のことが大嫌いだった。

 だけど蒼衣の『普通』はもうない。それは人魚姫と白雪姫の悪夢の中で壊れてしまった。
 雪乃と共に悪夢と戦う世界こそが、今の蒼衣にとっての『普通』だった。

 ある意味では雪乃が望んだカタチに収まったというのに、そんな蒼衣には悲壮感と痛々しさが漂っていた。そんなことで騎士であり続けられるのだろうかという、蒼衣への反感が少し。
 今や『普通』を捨てた雪乃と同じところに立ってしまった蒼衣。
 だから共に戦うと決めたからには――簡単に蒼衣に壊れてもらっては困るのだった。

 少し前に大きな〈泡禍〉があった。他の〈騎士団〉の要請で応援に向かった先での出来事だった。
 本来大きな〈泡禍〉が起きることは数年に一度程度で、〈グランギニョルの索引ひき〉によって童話級の〈泡禍〉が頻発していた以前と違い、そうあることではない――筈だった。
 そこで蒼衣と雪乃は人を殺した。助けられなかった人を、助けたかった人も全て等しく。神の悪夢を現実の世界に侵食させないために、悪夢を悪夢のままで終わらせるために、殺した。
 その助けられなかった人達の中には、二人の知り合いも少なからず含まれていた。
 それらに片を付けて終わらせた後、ひどく憔悴していた蒼衣に縋るように抱きしめられた時――雪乃は蒼衣を振り払えなかった。
 唇を重ねた。その勢いで身体も重ねた。終わった後で謝られたのでそれでかえってひどく腹が立ったので怒ると、ようやく蒼衣は力なくだが笑ったのだった。
 それ以来、何かと蒼衣と身体を重ねるようになった。そうする理由がある時もあったし、そんな理由などない時もあった。

         †

 雪乃は高校を卒業したので、伯父夫婦の家を出ることにしたのだが、「夜中に何かあっても動きやすいから」という合理的な理由で、蒼衣の家で暮らすことになった。
 それには心配する伯父達を説き伏せる必要があったが、以前顔を合わせた時に伯母が蒼衣を気に入ったのだろう、蒼衣と一緒に住むというのは雪乃を一人にさせるよりも安心だといってすんなりと通った。
 蒼衣の家が新たな〈騎士団〉の活動拠点となることに、雪乃は何かをいうことはなかった。蒼衣のかつての『普通』はもう壊れていて、その屍を土台に新たなものを作り上げるという覚悟の表れのように思えたからだった。

「…………」
 そして雪乃は蒼衣の部屋にいた。
 蒼衣の部屋の本棚や机の上には童話や民話、心理学などの本が多く積まれていた。
 ――僕の〈断章〉の発動のためには理解が必要だからねと、蒼衣はよく本を読むようになっていた。かつて蒼衣に知識と助言を与えていた神狩屋亡き今、蒼衣の知識は自力で補う必要があった。
 それは雪乃がカッターナイフの刃を研ぎ澄ませるのと同じだった。人を助けるために、人を殺すために、助けたかった相手を、助けられない相手を破滅させるために蒼衣は知識を必要とした。

 今の雪乃はその一日の殆どをゴシックロリータの衣装で過ごすようになっていた。
 〈断章〉を制御するためには制御装置である衣装は常時着用しないほうがいいのだが、学生という雪乃を縛る煩わしい義務の枷がなくなった今、雪乃は〈騎士〉としての活動に殆どを費やしているため、何かあった時のためにすぐ対処できるほうがよかった。

 だから雪乃がゴシックロリータを脱ぐのは寝る時と――『こういうこと』をする時ぐらいだった。

「脱がすね」
 蒼衣がそういって、雪乃の背中に手を回し衣装のファスナーを下ろした。
 ワンピースを押さえていたコルセットベルトを外される。肩口から滑り落ちるワンピース。腰に引っかかったスカートの部分とそれを膨らませていたフリルで作られたパニエも落とされた。
「………………」
 ゴシックロリータを脱いでしまえば――戦いのために姉の模倣をする雪乃が、無力なただの雪乃に戻されるようでひどく落ち着かなさと頼りなさを感じた。
「雪乃さん……」
 蒼衣は下着だけになった雪乃の首筋に、鎖骨に、胸元に口付けを落とす。
 もう風乃の享年よりも雪乃のほうが年上になってしまったが、相変わらず雪乃の身体は華奢で細く少女じみた体型のままだった。血の気の乏しい雪乃の白い肌に、落とされたキスによって赤みがさして雪の上にぽつりと落ちた赤い花のようだった。
「……っ……」
 雪乃はゴシックロリータに合わせて黒いレースで装飾された下着をつけている。ブラジャーのホックが外され肩のストラップを落とされると、小ぶりな大きさの乳房が露わになった。
 乳首は薄い紅色で先端はツンと上を向いている。「雪乃さんがツンツンしているからなのかな」と、とんでもない揶揄をされたので怒ると笑われた。
「…………」
 蒼衣のほっそりとしながらも男の大きさの手の中に包まれて、ふるりと形を変える白い乳房。緩やかに与えられる刺激で、雪乃の背筋がざわついた。
「かわいい……」
 刺激で硬くなる乳首を指先で転がしていく。ますますツンと隆起していく先端。そして――胸に顔を近づけ、ちゅうっと吸い付かれた。
「……っ……!」
「痛かった?」
「別に……」
 女の本能として乳首を吸われるとその相手に愛情を感じると聞いたことがある。愛情ホルモンだかが分泌されるらしい。だから、これは科学的に理由づけされた気の迷いだった。
「……っ……、うっ……」
 眉を寄せて、胸への刺激を堪える雪乃。
 蒼衣の手が雪乃のショーツのクロッチの部分に触れた。
「…………濡れてる。よくなってるんだね」
「……っ……!」
 事実だからこそ逃げ場のないその指摘に、雪乃は不機嫌に眉を寄せた。
「慣らすね」
 ベッドの上に横たえられると、蒼衣がショーツの中に手を入れて、指が雪乃の秘めたる園に直接触れた。
「……っ……」
 これからそこに受け入れるためには必要な準備だと己に言い聞かせながらも、恥ずかしさと羞恥心が沸き立つのが止まらない。
 蒼衣の指が雪乃の秘裂を下から上へなぞる。膣口を覆う陰唇、包皮に包まれた陰核、感じやすい陰核の裏筋、それらを丹念に愛撫するとくちゅ、くちゅ、と濡れたものを掻き回す音がしてくる。
「くっ……」
 ぞくぞくとした快楽の電流が背筋に走る。それらを表に出さないよう唇を噛んで、雪乃は堪らえる。それでもよくなることは止められず、分泌されていく愛液は量を増し、蒼衣の指をふやけさせた。
「指、入れるね……」
 そういって、雪乃の膣の入り口を刺激する。ゆっくりと、中に指が入ってきた。
「……っ……」
 蒼衣の愛撫はとにかく優しく雪乃を痛がらせたり無理をさせない。男と女は身体の作りが違うために慣れていないと痛がらせてしまうものだが、蒼衣の共感力の高さゆえにか、雪乃の嫌なことはちゃんとやめてくれる。逆に雪乃の反応があるところを目聡く見つけてはそこを責め立てた。
 中に入れた指も激しくは動かさず、馴染ませるように慣らした後――ゆっくり動かした。
「あっ……っ……」
 雪乃はもどかしくなって、中に入り込んだ蒼衣の指を締め付けてしまう。
「…………」
 くっ、と指が曲がり恥骨の裏を、腹側を探るように撫でながら押された。
「っ……!」
 切羽詰まったような尿意に似た衝動が雪乃に走る。
「ここかな?」
 それをよしとしたのか蒼衣はそこを撫でるように刺激してくる。じゅん、と潤沢な愛液が中から漏れた。
――っ!」
 眼の前に星が散った。思わず顔を覆い、はあ、はあと、呼吸を整える。
「……イッた?」
 嬉しそうに蒼衣が笑う。
「……うるさい…………」
 濡れた膣から指が引き抜かれると、そこに入っていたものがなくなったことを寂しがるように、また埋めて欲しいというように物欲しげに膣内が動いたのを感じた。
「…………」
 蒼衣が自らの着衣を緩める。線の細い中性的な容姿の蒼衣が男だという証を取り出してゴムを被せて準備を整える。
「入れるね……」
「…………」
 そして雪乃の中に入ってくる。ゆっくりと雪乃の深いところまで入り込んで、押し広げてくる。薄いゴム越しに、じわりと熱が伝わってくる。
 大嫌いな蒼衣の熱。雪乃を溶かそうとする生きた人の熱。
「…………っ……」
 それでも雪乃は拒否することができなかった。今まで何度もそうすることはできたのに。
 ゴムに纏わりつく粘液は雪乃の具合がよくなっていることを表していた。抽送の手助けをする雪乃の具合に、蒼衣が嬉しそうに目を細めた。
「……っ……」
 苦しげに雪乃は蒼衣に悟られないように静かに息を吐く。それでも互いの熱が伝わり、高まっていくのを止められない。
「雪乃……さん……」
 蒼衣が何かを堪らえるように息を吐く。笑い、愛しげな眼差しを雪乃に向けてくる。頬に、唇に、キスを落として来る。
「雪乃さん……っ…………」
 耳にキスを落として愛しげに蒼衣が雪乃の名を呼ぶ。
「…………っ……」
 これが欲望ゆえにだったら、そう振る舞えばいいのに――
 わかっていた。蒼衣が雪乃に向ける感情が何なのかは――
 自分が蒼衣を拒めない理由も。何もかもわかっていた。
「……っ……く…………」
 それでもそれを認めるのは癪だった。それでも高まっていく決して言葉にできない思いが官能の火を煽った。
 ぎゅうと、膣内が唸り食い締める。中に入り込んだ肉棹に、襞が絡んでいく。
「…………っ……」
 それがただ早くこの行為を終えて解放されたいからなのか。それとも彼に早くイって貰ってゴム越しに彼の精が自分の子宮の入り口を叩くところを感じながらイキたいからなのか。わからなくなってくる。
「あっ――はぁっ――
 唇を噛み、雪乃が衝動を堪らえているのを蒼衣が目聡く見つけて、指で雪乃の感じやすい肉莢を刺激した。
――っ……!」
 びりびりとした快楽の電流が流れて、高まった官能が出口を求めた。一層、中の蒼衣を締め付けてしまう。
「んっ――!」
 蒼衣に伝えられてしまう雪乃の熱の高まり。蒼衣が嬉しそうながらも情欲を隠せない興奮した目で雪乃を見た。
「雪乃さん……もう……」
「勝手に……イっちゃえばいいでしょ……同意なんて求めないで」
「うん……雪乃さんもね」
 敏感な場所を指で揉むように刺激された。
「あ……っ!」
 あっという間に上り詰めてしまう。涙の滲んだ視界に心地よさそうに息を吐く蒼衣が映った。ゴム越しに快楽の証を受けて幸せそうに震える自分の中。雪乃の、怪物の在り方を裏切って、嬉しがる自分の身体――
 そのどれもが、温かで、心地よく、雪乃を壊そうとした。

         †

「………………」
 終わって、二人ともベッドの上で寝そべっていた。
 性行為による消耗は身体よりも脳のほうにダメージが入ってる感じがする。脳内物質が過剰分泌される影響だろうか。こうした行為の後はひどく気だるくてすぐに立ち上がるのが難しい。
 蒼衣の方はまだ余力がありそうだったが、雪乃を慮ってか、無理強いはしてこなかった。
 代わりに、甘えるように身体を寄せてくる。
「…………」
 恋人相手にするような馴れ馴れしさに雪乃は振り払おうとしたが、蒼衣を振りほどくのもそれはそれで気だるくて結局はされるがままになった。
「……」
 雪乃の腕の包帯を止めるピンが外れて包帯が緩んでしまっていた。気付いた蒼衣が巻き直してくる。
「…………」
 蒼衣が、物憂いげな目をした。

「多分さ、僕のほうが先にダメになると思うけど、もしも雪乃さんのほうが先に駄目になったら――後追いすることを許して欲しいんだ」

 そんな気弱なことを言い出す蒼衣に――反感が湧いた。
「あなたね、そんな気概で役目が務まると思ってるの? 騎士なら私が先に死のうが生きてるなら死ぬまで悪夢と戦い続けて死になさいよ」
「……雪乃さんは、強いなあ」
 困ったように笑う蒼衣。
「あんまりふざけたこといってると殺すわよ」
「…………」
 蒼衣は答えない。
 ただ哀しげに笑ったあと、雪乃を抱きしめてくる。
「好きだよ、雪乃さん…………大好きだ」
 そう縋るように呟く蒼衣。それが蒼衣に残された最後の大切なものだというように。

 悪夢の中で戦い続けて、共にいる者は亡霊の姉以外は望めなかった筈の雪乃。その傍らにいる蒼衣の熱が雪乃を焼こうとする。

「…………」

 もし、蒼衣のほうが先に駄目になったら――

 その果てにあるものは、もうわかっている。
 きっと雪乃はその痛みで壊れそうなほど激しく――この身と心を焼かれてしまうだろう。


あとがき

蒼雪が好きなのだけど真面目に考えるとどうやって濡れ場にもっていけばいいのかわからなくて、まともなエロ話が書けない!と思って絶望していたのだけど、しちゃった後の話ならいけるんじゃないかと思ったので書きました。面倒な部分はガンガン飛ばしていけばいいんだ!!

蒼衣のことが嫌いだといいながら蒼衣と人を天秤に架けて蒼衣を選んだり蒼衣のために死を選ぶぐらいデレている雪乃さんが好きです。雪乃さんは私史上最高のツンデレ。

…………
……………………

明言しませんでしたが、巨大な〈泡禍〉で起きた被害は本編で生存した他のネームドキャラ全滅です。
悪夢垂れ流し状態の夢見子ちゃんは周りの断章保持者を不安定にするので、どうにかしないと一真君と千恵ちゃん達も危ないと思うんですよね……
そう遠くない未来にまた悲惨なことが起きるんじゃないかなと思ったので……
その関係で事件が起きてその処理で関係者を手にかけてしまった蒼衣が不安定になってます。

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